灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし -3ページ目

西野源『死の島ガダルカナル』(鱒書房)★★★★☆

 

 

かつて鱒書房から上梓されていた従軍秘録シリーズのなかでも資料的価値が高く、古書相場もなかなかの一冊。

 

よく考えればあたりまえなんだが、ガダルカナルにも従軍記者はいたわけで、そんなひとの書籍をいままで目にしたことがなかったが、本書こそがずばり、新聞記者によるガダルカナル従軍記である。

 

作者は一木支隊全滅後の川口支隊と行動を共にし、そのとき目の当たりにした銃火と飢えに苦しむ兵士たちの姿を描く。

 

その点で、数多のガダルカナル戦記のなかでも第三者的な立場から描いた興味深い一編といえる。

 

また戦後に現れた最初期のガダルカナル戦記であり、希少な従軍記者によるものとして今でも貴重。

 

ただし元版のみで復刻はなく、読もうと思うと意外に難しい。惜しいことだ。

それにしても、カバーが思い切り作者名を間違えているのがすごい。

 

※西野「満」と書かれている。

 

★★★★☆

 

そういえば、鱒書房がいまでも名を変えて存続しているということを、たったいま知ったよ。なんだよ、インテルフィンって・・・

 

 

佐木隆三『別府三億円保険金殺人事件』(徳間文庫)★★★☆☆

 

 

日本における高額保険金殺人の嚆矢と評される、別府三億円保険金殺人事件(昭和49年)のドキュメンタリー。

 

ただし、そのきっかけが少し変わっていて、佐木がこの事件をモデルにして短編小説を発表したところ被告の荒木虎美から怒りの手紙が届き、「罪滅ぼしの気持ちがあるならば、再取材には協力を惜しまない」という彼の上から目線に興味を惹かれ、裁判に深入りした次第。

 

荒木虎美

 

かくして『問題小説』に「同時進行ドキュメント・ノベル」として連載されたのはいいんだが、連載中に開かれた控訴審は、2回のみ。迫真の法廷ドラマを期待してはいけない。

 

事件は、こども3人を抱え生活に苦しんでいる女性と再婚し、計3億円の保険に加入。その直後の家族ドライブ中海に転落、被告のみが生き残るという絵に書いたような保険金殺人である。

 

それにしても昭和49年当時の三億円とは、桁外れの保険金としかいいようがない。しかも、再婚の直後にかけるという状況証拠は真っ黒なわけで、心証としては誰が見ても殺人事件であろう。

 

となると事件自体にはさほどの面白みはなく作品としては困ったものなのだが、読みどころは被告自身が裁判を進めるという和製テッド・バンディなところ。

 

Ted Bandi

 

たとえば次のやり取りを見てほしい。

 

A あなたは、山口虎美という受刑者を知っていると言われた。(中略)その間に、あなたに対してウソを言うとかだますとか、そういうご記憶はありますか。

B ウソを言うとか言わんとかは、ものの考え方で……。

A 考え方じゃないでしょう。ウソはウソ、事実は事実です。

(中略)

B [山口虎美が起こした獄中での事件について]事実はあるけど、具体的には記憶がない、と。

(中略)

A 具体的に記憶がなく、なんでウソといえるんですか。こういう点を山口虎美が、こうこう言った……。そう言えないのに、なんでウソを言ったというんですか。論理の矛盾でしょう。

 

これはいうまでもなく法廷の1シーンなのだが、Bは看守、Aは驚いたことに、弁護士ではなく被告本人なのである。この調子で、たとえば事故再現実験についての技術的な追求やら、自身への偏見、状況証拠がいかに偏見をもたらすか等を弁護士を押しのけてグイグイとやってしまうのである。

 

もし、公判がせめて倍でも行われていれば、法廷劇場型犯罪として、また別の形で後世に語り継がれるものになったのではないだろうか。本書の法廷シーンも読み応えがあったはずで、実に惜しい限りである。

 

実際のところは、大分地裁による原審をなぞるだけで、ダラダラな感は否めない。その意味で、確かに「同時進行ドキュメント・ノベル」ではある。

 

★★★☆☆

ジェフリー・アーチャー『遥かなる未踏峰』(新潮文庫)★★★☆☆

 

 

 

カバー裏の紹介文に「白眉」と書かれている場合、少なくとも傑作ではないことを出版社側が認めているわけで、読む側もそれなりの覚悟が必要となる。

 

実際、本書も「山岳小説の白眉」とあるが、傑作には程遠いできである。

 

「そこに山があるからだ」と、少々意訳されて膾炙している名言で知られる登山家ジョージ・マロリーの生涯を追った一編で、解説でも指摘されているとおり古きよき大英帝国の紳士としてのマロリーを活写したところに意義があり、彼が登山家であったがゆえに山岳小説ともいいうる、というのが本当のところだろう。

 

したがって数多の山岳小説の足元にも及ばないし、この部分に期待していると肩透かしを食う。作者自身、別に山にこだわりがなさそうなのがまた切ない。

 

残念ながら作中のエピソードがどこまで本当かについて判断ができないのだが、マロリーや彼の家族、仲間たちがいきいきと魅力的に描かれているのは間違いない。その点は評価できる。

 

したがって、マロリーというひとや、イギリス紳士なる存在に興味があるひとには、悪くない作品といえるだろう。

 

★★★☆☆