灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし -6ページ目

アンリー・ピエール・ロシェ『突然炎のごとく』(ハヤカワ文庫)

生命のエネルギーがそのままほとばしるような魅力的すぎる女性とその全てを受け入れようとする男、そして彼女のエネルギーに抗おうとする男の関係をひたすら描き、次第に深まる破滅と死を色濃く感じさせる恋愛小説

 

アンリー・ピエール・ロシェ

 

もちろん、『突然炎のごとく』といえばトリュフォーであり、ジャンヌ・モローに尽きるのであって、原作の影は映画の前では実に希薄なものである。

映画の出来に比べれば、簡潔な文章で色恋のイベントを断章のように積み重ねていく老いたダダイストによる恋愛小説は、それほどのものではないかもしれない。確かジャンヌ・モローは、本書をさほど評価していなかったように記憶している。

それでも、古本屋でたまたま本書を手にとったトリュフォーにインスピレーションを与えたのは確かであり、1900年代から30年代のヨーロッパを舞台とし、ひとりの女が二人の男を同時に愛せるのかという問いかけをしながらも、実は、ひとりの女を同時に愛しながら二人の男が真の友情を繋ぎ続けることができるのかという二重の物語として読めることも確かなのだ。

いわゆるホモソーシャルを描いたといってしまえばそのとおりだろうが、読んでも読んでもすっきりしない、つかもうとしてはすり抜けていくような澱のごとき読後感は、読んだものにしかわからないだろう。

ただひとついえるのは、読むことで何かが変わるということだ。

 

★★★★☆
 

アリステア・マクリーン『北海の墓場』(ハヤカワ文庫)

アリステア・マクリーン

 

後期マクリーンの衰えはつとに知られているが、本書はその典型例。

もともと『ナヴァロンの要塞』に見られるように、冒険小説に推理小説の味わいを加えて抜群の効果を出すのがマクリーンの得意とするところであったが、本書は冒険小説の要素がまったくなく、孤島物といわれる推理小説の凡庸な例となっている。

マクリーンらしく吹雪の吹き荒ぶ海に漂う船中で起きる連続殺人という意外に面白そうな設定なのだが、犯人指摘にいたるロジックも別段見どころがなく、極めて退屈な一編となってしまった。

「私」の語りが達者なのでそこそこ読めるが、これがマクリーンの作品かと思うと少々悲しい。

 

★★☆☆☆

 

Bear Island
By MacLean, Alistair

London: Collins, 1971. First Edition. Hardcover

島田一男『犯罪待避線』(徳間文庫):たとえば「顔のある車輪」なんて本があったらどうよ?

 島田一男『犯罪待避線』

 

そのほとんどが駄作といっていい島田一男のなかから、本書をあえて読むという人はあまりいないだろう。

 

何せタイトルを見ても、カバーを見ても、「人情味あふれる下町を舞台に…」とかいう紹介文を読んでも、本書がどんな作品なのか一向にわからないし、面白みのかけらもない。

 

ところが、この目次を見てくれ。こいつをどう思う?

 

第一話 瓶詰めの拷問

第二話 首を縮める男

第三話 或る暴走記録

第四話 蜉蝣機関車

第五話 顔のある車輪

第六話 座席番号13

第七話 機関車は偽らず

第八話 ノイローゼ殺人事件

 

怪奇大作戦』でもはじまるかのようなキッチュさ。なぜここからタイトルをもってこない? たとえば「顔のある車輪」なんて本がブックオフの100円コーナーに並んでたら、とりあえず手に取りそうではないか。

 

実は内容も昭和20年代の東京下町を舞台に開業医の主人公が怪事件を解決していくという連作推理で、決してタイトル負けしない粒ぞろいの一冊なのだ。

 

アパートで発見された若き女性の首なし死体と「首を縮める男」、クリーニング屋で死体を隠すならどこがいい? という悪趣味な問いかけ、神父が覗き見る退職警官の秘密だったり、殺人の実行がそのままアリバイになるという意外なトリッキーさ、ヒステリーで自殺するのは女性だ、じゃあMTFが自殺したってのはおかしいだろ? という偏見が前提の奇妙な作品だとか、格別論理やシチュエーションがすごいってことはないにしても、飽きずに読ませるネタが詰まっている。

 

初期の本格作品群には遠く呼ばないが、軽本格といえなくもない、意外な掘り出し物といったところだろう。100円ならおすすめ。

 

★★★☆☆