笹本稜平『その峰の彼方』(文春文庫)★★★☆☆ | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

笹本稜平『その峰の彼方』(文春文庫)★★★☆☆

 

 

ときどきいますよね? 何をしてるわけじゃないのにひとを惹きつけて、なんとなくみんなが集まってくるような、人格者というか人気者というか。

 

この本は、好き勝手に生きていているけれども、何の飾り気もなく、ひたすらマッキンリーに添い遂げようとする男が、約束を破り単独行で遭難し、友人たちに救助されるというもの。

 

もちろん、こんな書き方をすると興ざめ甚だしいのはよくわかるんだが、山岳小説って、要は山が書ければいいわけで、そこが世俗といかに切断された別の次元かってのを、ひたすら読者に叩き込めば成功。

 

新田次郎や夢枕獏はそうだったし、井上靖はその点で失敗していたと思うが、本書も山を書ききったかというと、やや物足りない。

 

ストレートに山を描くだけでは物語に膨らみが出ないだろうっていう作者の目論見が仇となり、インディアンのアイデンティティや教えの開陳であったり、アラスカにホテルを建てようなんていうプロジェクトや、そもそも男はなぜ掟破りの単独行に向かったのかというテーマが並行してボリュームを増したため、山岳で苦闘する救助隊、男がいかにして遭難にいたったのかという山岳シーンがぶった切りでしか提示されず、緊張感を削がれる結果となった。構成的にも、もう少し山に焦点を当ててよかったと思う。

 

また、人はなぜ山に登るのかというテーマは問い続けるべきだし、書くに値するものだと信じているが、わたしは自然の一部であり、また自然はわたしなくしてありえないといった結論は、もちろん妥当であるとしても、上記したようにぶった切り山岳シーンのためにあまり共感することができなかった。

 

そういえば、男がなぜかくも魅力的なのかについては、登場人物たちの行動や言葉でしか表現されず、それは人物の提示としてもひとつのやり方なのだが、いまひとつ彼の底なしのカリスマぶりが伝わってこなかったのも、残念なポイントだった。

 

作者の意気込みはものすごく伝わってくるのだが、冗長さと半端さでもったいないなというのが正直なところ。さすがに山岳シーンは迫力があり、もっともっと読んでいたいと思われるだけに、同作者の別の作品を手にとってみるつもり。

 

★★★☆☆