「内臓を巻き付けたり、肉をかぶったりして、死体の山と同化するんです」:『硫黄島玉砕戦』
『硫黄島玉砕戦―生還者たちが語る真実』(NHK出版)
梯久美子『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』(新潮社)は、有象無象の日本人を感動させた愚書であるが、その内容といえば彼の家族への想いやら部下への配慮といった人格者ぶりをこれでもかと出し、頑迷固陋で愚物、卑怯者ばかりの日本軍にもこんな素晴らしい軍人がいたのだと、読むもののナショナリズムをくすぐるものであった。
以前にも書いたが、繰り返しておく。彼の人間性が素晴らしいというならば、硫黄島で死んだ無数のひとたち、日本人だけではない、日系人も含めたアメリカ人たちのそれにも記録に値するものがあったはずだ。栗林が陸大恩賜組の中将だったから、より感動を呼ぶというのか。
この本での感動とは、たとえば石田三成と大谷刑部の友情に感じ入るのと大差ない。つまりもはや太平洋戦争とは遥かかなたの物語でしかなく、栗林忠道という「武将」の物語に感動しているのであって、実は彼が優秀であるがゆえに惹起された硫黄島の状況などは、二の次なのではないか。それは敗者のなかの勝者の歴史なのであって、注目もされず書かれることもない無名の焼け爛れ腐れ落ちたひとびとへのまなざしは希薄だ。見出されるものは栗林を引き立てるために存在する無名の兵卒たちのみである。
感動する準備はできたか? こいつで感動すると決めてから『散るぞ悲しき』を読むこと。そうすれば、ひとしきり涙を流すことができる。
もしかの一編で物足りず、硫黄島なるものをめぐる戦闘がいかなるものであったかを知りたければ、幾人かの生存者たちの証言をもとにつくられた本書は、その筆頭に挙げられるだろう。かつてNHKで放送された『NHKスペシャル 硫黄島 玉砕戦~生還者 61年目の証言~』の書籍版なのだが、それにとどまらずおそらく放送することができなかった数多のエピソードが編みこまれている。
「ではなぜ、アメリカ兵に見つかることなく生き延びることができたのか──。
大越は、重い口を開いた。
『人間の死体を三人くらい持ってきて、その人間を割いて、内臓を巻き付けたり、肉をかぶったりして、死体の山と同化するんです。日が暮れるまで、鰹節を口にくわえて、じーっとして動かないようにしてるんです。そうすると、太陽の光や、地面の熱で、血が乾いて固まって、自分の体がクゥーッとこわばってくるんですけど、夜になったら、その固くなった肉や内臓を剥がして、また違う死体を割いてかぶる。そうやって、敵の目から逃れていたんです』」
栗林の物語が、かくなる無数の生死の上に成立していることをゆめ忘れてはならない。本書は証言者たちが自らの名前を晒すというその重みを考えるだけでも、梯のそれなどは及びもつかない一編と断言できる。読みやすい文体、構成もよい。
ちなみに本書および放送にて登場した延々と硫黄島回想録を綴る老人の原稿は、
秋草鶴次
『十七歳の硫黄島』(文春新書)
として結実した。
★★★★☆
『NHKスペシャル 硫黄島 玉砕戦~生還者 61年目の証言~』