題名からはわかりにくいが、樋口季一郎の伝記です:相良 俊輔『流氷の海』
相良 俊輔
『流氷の海―ある軍司令官の決断』(光人社名作戦記)
北海道、千島などを管轄する第五方面軍司令官として、ソ連軍による北海道占領を阻止した名将と賞賛されるとともに、いわゆる「オトポール事件」の功績によってイスラエル建国功労者として知られる樋口季一郎を描いた一編。
構成としては、アメリカ、ソ連からと対峙する北部軍もしくは北方軍の司令官の位置にある樋口を軸にし、彼が過去にどのようなことを行ってきたかをエピソード的に挿入してゆくというもので、ハルビン時代の彼の業績などはすべてこのかたちで触れられる。したがって単純な時系列ではなく、過去と現在が交錯する作品なのだが、あくまで本書は、北方軍の樋口に焦点があり、こういった描き方は十分に首肯しうる。
物足りない点をいえば、桜会についてろくに触れられていないことで、もちろん彼のような人物が橋本欽五郎のようなほとんどやくざのごとき軍人とそりが合うとはとても思えず、おそらく桜会には大して絡んでいないのだろうが、それにしても興味のある点だ。
全体的に晩年の樋口と親しくしていた作者だけに、自伝を踏まえて堅実にノンフィクションとして仕上げているといってよい。過剰に樋口を英雄視することもなく淡々とした筆致は、樋口季一郎という人物を描くのに適切である。
相良はいつもタイトルがくどいというか凝っているために、中身がそこからは判別できない戦記を多数上梓しているのだが、伝えるべき情報の選択と読みやすい文体は、一部のファンにしか知られていない作家にしても、十分に評価に値すると思う。
★★★★☆
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