催眠術師は誰か?:リチャード・プラザー『肉体の短剣』 | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

催眠術師は誰か?:リチャード・プラザー『肉体の短剣』

リチャード・プラザー,田中小実昌訳
肉体の短剣 (1963年) (世界ミステリシリーズ)』(HPB791)

1950年代、60年代にベストセラー作家だったプラザーも、いまでは読む人がほとんどいないわけで、いわゆる御三家(ハメット、チャンドラー、ロス・マク)以外、たとえばサム・テイラーやマイク・ロスコオといったあたりのペーパーバック・ハードボイルドはなかなか評価されることもない。

確かにブレット・ハリディなんかのように短いという以外に褒めどころがないハードボイルドも存在するのだが、それらより遙かにましでそこそこ読ませる作品も多い。本書もそんななかの1冊で、一応「ハードボイルド名作100」のひとつに数えられている。

基本的に探小ではご法度の催眠術を登場させるのだが、これがまた変った使いかたで「催眠術師は誰か?」という変形したwhodunitを、女と寝てばかりの腕っ節が強い柔道の達人で(ここで一昔前ならば「寝技の名人」とか紹介されるわけだが)、警察と仲がよく意外に才知に長けた私立探偵マーク・ローガンが追っかける。

ただし一見変ったように見える謎も実は大したものではないが、困ったことに探偵自体も「女が好きで力持ち」といったように、個性があるわけとはとてもいえないので、やはり埋もれてしまっても仕方がないといえるかもしれない。

おそらく復刊はないだろうから、読むならば初版を買うしかないのだが、1000番以前の未復刊ポケミスは意外に値が張る。まあそんなに一生懸命になって探す必要はない一冊だろう。ただし田中小実昌の訳は素晴らしい。悪訳がときおり見られるポケミスのなかでも、文句なくトップクラスの訳者である。


Richard Prather
Dagger of Flesh”1952
★★★☆☆

ちなみにペーパーバックの表紙に‘One of the Graet Shell Scott Capers!’とあるのだが、シェル・スコットは、やはりプラザーが創造した私立探偵。去年いきなり発売された『ハリウッドで二度吊せ!』(論創社)などに登場する。