横山秀夫『クライマーズ・ハイ』(文春文庫):下りることの勇気 | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

横山秀夫『クライマーズ・ハイ』(文春文庫):下りることの勇気



横山 秀夫
クライマーズ・ハイ』(文春文庫)

作者が実際に経験した、日航機墜落事故をめぐる地方新聞社のひとびとの苦闘を描き、ドキュメンタリー・タッチに横山節を織り込んだ独特の一編。

もともと横山の作品には敗北の美学が存在し、本書においてそれは「おりる」ということに集約されている。墜落の「落下」までをも含めることはできないだろうが、おりること、おろすことにこそ真の矜持は発揮されるといった横山ならではの視点は、登山、紙面づくりなどさまざまな場面をとおして語られている。

このウェットさに耐え切れないといったひとも多いだろうが、昔の北方謙三の臭気に比べれば大したことはない。それなりに洗練されている。

ひとつ難点をいえば、本書が横山にしか書けないものであるのは認めるが、日航機墜落事故がただの背景にまで退いてしまっているのはものたりない。やはり事故そのものを、筆を費やしさらに描いて欲しかった。彼ほどの書き手ならば、1000ページ超の作品であろうと一向に苦ではない。

★★★★☆
なおこの事故については、「調査報告書をもとにした飛行跡略図にボイスレコーダーの音声を重ねた動画」が参考になる。しかし、平静に見ていられるものではない。それは未だにwebを彷徨う事故画像も同様である。