「読者への挑戦」あり:高木彬光『黒白の囮』(光文社文庫) | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

「読者への挑戦」あり:高木彬光『黒白の囮』(光文社文庫)



高木 彬光
黒白の囮』(光文社文庫)

彬光中期の傑作と名高い、近松検事ものの代表作。

舞台は1966年=昭和41年の京阪神。会社社長が高速道路で事故死するところから事件ははじまる。ただの事故のように見えたが、彼が謎の電話で呼び出されたことが明らかになり、さらに彼の娘が殺害される。

捜査の進展につれ次第に出現してくる手がかりが偽の真相への伏線かつ読者へのレッドへリングであるという凝ったもので、現在の物語世界の枠組みがとんでもなく拡張したミステリの読み手には物足りないかもしれないが、かなり優れた探偵小説といえる。

トリックがどうのというよりも探偵小説の発想を楽しむ一編で、たとえばどう考えても事故死にしか見えない巧妙な殺人を行いながら、なぜ第二の殺人はすぐに足がつきそうな絞殺なのか、なぜ同じように事故に見せかけなかったのかなど、whodunit単体ではなくwhydunitと連関して考えることで真犯人が見えてくるところに妙味がある。ネタばらしになりそうだが、これを意識することで本書の魅力が一層増すことは保証する。

なお彬光は女性やアプレゲールに対してステレオタイプな世界観をいつまでももちつづけた作家なのだが、その意味で彼は、つねに昭和20年代の書き手であったといえる。本書もそうなのだが、彼の作品で心底納得できる犯人の動機を提出したものがあったかを考えてほしい。これは案外に独特な点で、こういった作家はほかに思いつかない。何せ1980年代まで約50年間も、昭和20年代を生き続けた作家がそうそういるとは思えない。

初版:1967・読売新聞社
★★★★☆
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