宥和政策とヒトラー、スターリン:笹本 駿二『第二次世界大戦前夜―ヨーロッパ1939年』 | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

宥和政策とヒトラー、スターリン:笹本 駿二『第二次世界大戦前夜―ヨーロッパ1939年』



笹本 駿二
第二次世界大戦前夜―ヨーロッパ1939年』(岩波新書)

昭和14年=1939の独ソ不可侵条約にいたるまでのヨーロッパ外交の概略をとらえた一編。その基調はチェンバレンに代表される宥和政策こそが、第二次世界大戦の原因、すなわちヒトラーを勢いづかせたというものである。いわばWW2における宥和政策について否定的な評価を下す態度であるが、これは別段誤っているわけでもなく、大方の一致した見解だろう。

しかしそれをチェンバレンの個人的な能力にやや原因をもっていきすぎな感が否めない。いうまでもなくWW2は、ヴェルサイユ条約の失敗、戦争をとにかく回避したいという世論および指導者たちの考え、さらに共産主義に対する異常なまでの嫌悪といった状況のうちで発生したものだからである。確かにチェンバレンがヒトラーやスターリンに比して、かなり見劣りのする人物であるのは間違いないが、彼の宥和政策はこういった状況の産物であるともいえ、彼ひとりの考えではないのである。ただしWW1のときと同様にここでヒトラーに対して攻勢的な外交態度を取っていたならば、チャーチルがいうように後の悲劇は存在しなかったかもしれない。しかしヒトラー自体、WW1において戦勝国が宥和政策を欠いたがゆえに出現したともいえ、第二次世界大戦における宥和政策の失敗を見て、その思考自体がだめだという短絡的な結論には陥らないようにしなければならないだろう。

作者は尾崎秀実とも親交があったジャーナリストで、当時スイスを拠点として激動するヨーロッパを具に観察していた人物である。スターリンとヒトラーの駆け引きなどを資料から再構成してゆくなかでときおりさしはさまれる1939年のヨーロッパの雰囲気などは、そういった彼の経験に由来する。

とりあえずコンパクトに独ソ英仏の外交模様をまとめ、これを通読することでドイツだけではなく他国をも視野にいれた1930年代のヨーロッパにとっつくことができるかと。入門書としてはなかなかのできである。

★★★☆☆