どうせ潜るならこんな艦長とともに:稲葉 通宗『伊6潜サラトガ雷撃す―海底十一万浬』 | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

どうせ潜るならこんな艦長とともに:稲葉 通宗『伊6潜サラトガ雷撃す―海底十一万浬』



稲葉 通宗
伊6潜サラトガ雷撃す―海底十一万浬』(学研M文庫)

潜水艦長による戦記としてはもっとも著名かつ評価の高い一編で、注目すべき書籍を密かに数多く出版している学研M文庫からこのたび復刻。

山岡荘八が『海底戦記』執筆のために作者を訪れ丹念に潜水艦や乗員の模様を調べていったエピソードが本書に登場するが、はっきりといって本書は、遥かに山岡を凌駕している。もともと彼は、別段面白くも読みやすくもない作家なので比較しても意味はないが、とりえず稲葉の文才は素晴らしい。

「鉄の柩」と揶揄される劣悪な環境において精神をすり減らし、上層部の潜水艦への無理解のために、どうしようもない作戦に参加させられる乗員たちの苦闘に息を飲むのもさることながら、ときには慣習や規範を破り、彼らの士気を鼓舞してゆく作者自身の姿がまた粋なのだ。それが自慢たらしくもなく、部下への真摯な思いに基づくことがひしひしと伝ってくる。

旧軍を基本的に嫌ってはいるが、彼のような人物が存在したことには素直に頭を垂れる。巷でときおり推奨されるような、戦記をビジネスに繋げるとかいうことに長らく疑問を抱いていたが、本書は確かにえるものがあるかもしれない。

元版:1984・9『海底十一万海里』(朝日ソノラマ)
★★★★☆