小林信彦御用達のナンセンス・ハードボイルド:カーター・ブラウン『白いビキニ』 | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

小林信彦御用達のナンセンス・ハードボイルド:カーター・ブラウン『白いビキニ』

カーター・ブラウン
白いビキニ』(HPB796)

ブラウンのもちキャラのなかでは、もっともスタンダードで、いいようによってはブラウンらしくないつまらん探偵であるリック・ホルマンもの第四作目。

このキャラの登場する作品は、アル・ウィーラーなどが登場して大騒ぎしているブラウンのほかのシリーズにあるような、わけのわからないおふざけがない分だけハードボイルドとして力をいれているのか、ブラウンのなかでは万人受けしそうな案外しっかりとしたハードボイルドに仕上がっている。

本書も、死体となって発見された娘の過去を探ってくれという、あたかもロス・マクのごとき発端から開始される。しかし捜査が進むにつれ、さまざまなひとたちが背負う過去が垣間見え、それと事件とが密接にリンクしてくるロス・マクに似ているとはとてもいいがたく、ミッキー・スピレインのようにガリガリと話を進めるのみで、熟成もコクも深みも何もあったものではない。まあ小林信彦にいわせると、読んだらすぐに忘れてしまうのがブラウンに対する敬意だということだが。

しかし本書の最大の特徴は、すでに終了してしまっている事件を探偵が再燃させ、新たな展開にもちこむという関係者にとっては迷惑極まりないスラップスティックさ加減にある。つまりはじめから事件の渦中にいるのではなく、「遅れてきた青年」ならぬ「遅れてきた」探偵は、事件を自分で作り自分で解決する。まったくナンセンスというヤツである。

このナンセンス・ハードボイルドに、ブラウンのアイロニーを感じることも可能かもしれないが、ブラウンの作品にそんな小難しいことをもちこむ必要はなさそうで、ただ読んで寝てしまえばそれで万事よさそうである。とはいえ、それほど読む必要がある作品とも思えないが。

“The Ballad of Loving Jenny”1963
★★★☆☆