だめだ、こりゃ:和久峻三『迷走法廷』 | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

だめだ、こりゃ:和久峻三『迷走法廷』



和久 峻三
迷走法廷』(講談社文庫)

様々な疑惑で揺れる医大の理事長が、5億円を強奪されたと訴え出る。あまりにできすぎた状況の数々に当初は理事長が仕組んだ狂言かと疑われていたが、目撃者の証言からある男が逮捕され自白をはじめた…というところまでを警察小説の手法で描き、それ以降を「法廷荒らし」の異名をとる猪狩文助がボケ老人を装った厭味な法廷闘争を繰り広げる一編である。

伏線もあり、法廷シーンも志村けんのネタにも似た猪狩の何ともいえない厭な老人ぶりを描いてそつはない。しかし、それだけだ。

容疑者が犯人かどうか、もしそうでないなら真相はいかなるものかに興味があるのは当然だが、あまりにも凡庸なこの展開はつまらなくもないが面白くもないという、どうでもいい作品の典型の様相を呈している。

確かに法廷ものは、基本的に法廷シーンが楽しめればいいのだが、証言の矛盾を突いて真相にいたるだけの本書の展開にはあまりに工夫がない。たとえばペリイ・メイスンものの傑作のひとつで、証拠物件の採用をめぐる法廷闘争だけで一冊を費やし、しかもその議論だけで事件の真相が解明されるといったような、法廷ものならではの見せ方が何もないのだ。

さらに本作でも、話者が勝手に進行するするかたちで真相が語られ、どうやらこのスタイルは和久のお約束らしいのだが、どう考えてもこいつは手抜きである。

法廷ものは数が少ないので和久の存在は確かにありがたいのだが、このようにマクドナルドのコーヒーのごとく濃度を薄めた作品を書かれても、ちっとも嬉しくないのである。

初版:1980・5 角川文庫
★★☆☆☆
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