児島襄『史説山下奉文』(文春文庫):組織のなかの虎 | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

児島襄『史説山下奉文』(文春文庫):組織のなかの虎

児島 襄『史説山下奉文』(文春文庫)

「マレーの虎」という異名をとり、シンガポール陥落後の敵将とのテーブルで「イエスかノーか」と怒号したといわれる山下奉文の生涯を冷静かつできうる限り客観的に描く。

一般に山下というとシンガポール占領がすぐさまイメージされるが、本書で描かれるように皇道派の実力者として2・26事件にも関わっていた。この皇道派という前歴が陸軍という組織のなかで後々まで重くのしかかってくるわけだが、山下は組織内における最善の行動をつねにとっていたといえる。

彼は天才的な戦略家であったというわけではないし、政略の手腕に優れていたとも思えない。ただひたすらに組織において徹底して軍人として当たり前のはずの行動を取っていただけのように見える。

本書などを読めば瞭然だが、確かに優れた人物ではあっただろうが、彼が英雄視されるのはどう考えても行き過ぎで、シンガポール陥落がメディアなどの報道で一人歩きしている感は否めない。とはいえ、当時の陸軍で彼のように理に適った行動を取れた人物が少なかったことも確かで、逆にいうと当たり前のことをしていたがゆえに山下は英雄であったともいえる。

ちなみに、彼は植民地特にフィリピンにおける残虐行為の責を負わされて絞首刑になるのだが、本書での裁判の過程を読むかぎりでは、明らかに異様かつ歪なものである。どう考えてもマッカーサーが溜飲を下げるための殺害であったとしかいいえないだろう。

初出:1968・1-12『文藝春秋』
初版:1969・5 文藝春秋

★★★★☆
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