鯛焼きのような女心:平岩弓枝『ハサウェイ殺人事件』 | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

鯛焼きのような女心:平岩弓枝『ハサウェイ殺人事件』



平岩 弓枝
ハサウェイ殺人事件』(集英社文庫)

いまでは『御宿かわせみ』もので安定した地位を誇っている作者だが、かつては探小もいくつかものしていた。おそらく全短編を合わせても文庫本1冊か2冊にまとまってしまう程度の数だとは思うが、本書はそんな彼女の探小をまとめたものである。

全編とおしてトリックやロジックはもちろんのこと、強烈なサスペンスも皆無であり、ただただ「女心」から派生する犯罪が描かれる。登場人物も精彩のないステレオタイプな連中なら、犯罪の核になる「女心」もまるで鯛焼きのごとき同じ型を繰り返し、すべてどこかで読んだような話である。

恋人を取られた恨み、殺された肉親の仇、嫁姑問題。いかにも鼻から笑みがこぼれそうな興味深いテーマだ。これで日常と異常の敷居が曖昧な心理、たとえば今日は陽射しが強いというくらいで殺人へと踏み切るような、誰にでもありそうで実はありえないといった心理から犯罪が派生することなどを書ければ、日常を描いて抜群のサスペンスになると思うのだが、本書でもっとも読みでがあったのは嫁姑の抗争くらいであった。

確かにこれはこれで世間話としてはおもしろい。しかし端的にいってこのひとは小説が下手である。いまはどうか知らんが、読者に余韻の残す目的で、ラストに風景と心理が比喩としてリンクしたような愚にもつかない一行を林真理子ばりに加えてしまうあたりに、この作者の愚鈍な小説観を見てとれる。

とはいえ、あまりの描写と構成の欠落により実に読みやすいことは間違いなく、風呂に浸かり頭を空っぽにしたまま30分ほどで読み終わることができた。とりあえず、大量消費系ミステリで満足する方なら、納得の1冊といえる。

初版:1970年12月 東京文芸社
★★☆☆☆
収録作品
「ハサウェイ殺人事件」『小説宝石』1975・10
○「スペインの旅」初出不明
○「サンフランシスコの星」初出不明
「夏の翳」『推理ストーリー』1962・10
「オレンジ色の口紅」『面白倶楽部』1960・1
「右手」『別冊小説新潮』1960・1
「石垣が崩れた」『週間小説』1973・3・9
「青い幸福」『小説宝石』1973・8
「○」が付された短編は、集英社文庫版には収録されていない。